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広報委員が行く!会社訪問

株式会社よしもとクリエイティブ・エージェンシー


旧小学校を再利用した社屋

代表取締役社長 藤原 寛氏
所在地:
大阪/大阪市中央区難波千日前11番6号
東京/東京都新宿区新宿5丁目18番21号
電話:06- 6643 -1122
FAX:06- 6643 -1155
HP:http://yoshimoto.co.jp
代表取締役社長:藤原 寛

 

旧新宿区四谷第五小学校の校舎をそのまま利用し本社とした株式会社よしもとクリエイティブ・エージェンシー。
吉本興業グループの中核をなし、タレントマネジメントからソフト・TV・ラジオ番組の制作から演芸・演劇の制作・配給・興行を行う。
若手芸人さんのマネジャーからスタートし今や代表取締役を務めるアノ番組でもお馴染みの藤原社長の人となりと人生に 迫りたいと思います。

 

インタビュアー:広報委員 株式会社NX 中山 維夫
写真撮影:広報委員 WACホールディング(株) 岡村 宇之
(2018年7月取材)

 

Q,では、早速インタビューをさせていただきます。
今や年末恒例の日本テレビ「絶対に笑ってはいけないシリーズ」案内役での「アウト!」の声で お馴染みの藤原社長ですが、社長になられて、 マネージャー時代とは仕事が一変されましたか?

藤原:なんか大きく変わってないような気がします。こう言うと、いろんな人に怒られるかもしれませんけど、結局、芸人さん中心の会社で、タレントさんや芸人さんにお仕事をしていただいて、収入を得ていますので。マネージャー時代、芸人さんと向き合って「ひとつでも仕事を」と動いていたその延長線上に今もいるっていう感じですので。もちろん、社長になって扱う情報量も半端なく、責任感とか見る範囲が広くなったというのが、率直に言うと、マネージャー時代との違いですかね。

 

 

Q,社長になられて早一年が過ぎましたが、一番のご苦労は?

藤原:社長に就任する際に吉本興業の方の社長、大崎から「これからはちゃんと、俯瞰でものをみて全体を見渡す、 視点をしっかり意識してやっていかなあかんねんぞ」というのを言われました。
膨大なクリエイティブエージェンシーだけで考えてもすごく幅が広いんで。「その全体を俯瞰でみるって、 どんなことなんや。目にはいらんぞ」とかいろいろ考えました。

 

そんな時、漫画の「黒子のバスケ」を読む機会があり「イーグルアイの眼」をもっている選手がいると。 バスケットコートを平面じゃなくて、俯瞰でみてポジショニングとか、全体を見渡す、すごい選手です。 漫画からですけど、全体を見るとはこういうことかと分かりました。
ですから高い目線で、高い目線でと意識してるんですけど、結局、なんか自分は浮き足立って全然、落ち着いて見れていない なっていうのを繰り返したままで、1年が経過したって感じですかね。

 

マネージャー時代は、テレビ収録の本番中、プロデューサーさんやディレクターさん、カメラマンさん など山ほどのスタッフがいる中、スタジオの中での居場所を見つけるのは意外と得意だったような気がします。
スタジオを俯瞰で見れていたような気がしましますので、今後に生かしたいと思います。

 

 

Q,今年はNHK朝の連続テレビ小説「わろてんか」で吉本興業のヒストリーがドラマとなりましたが、 一言でどんな会社ですか?

藤原:一言ですか。やはり「お笑いの会社」っていうことになるんかなぁと思っています。
役者さんとか、スポーツ選手とか文化人の方とかもいらっしゃるんですけど、そんな方々もどこかお笑いが好きな気持ちも
持ってくれてるんじゃないかなと。改めてうちの会社のベースはお笑いなんだなぁって感じることが多いので、 一言でいうと、お笑いの会社。すんません。普通の答えで…。

 


番組制作部

劇場 ルミネtheよしもと

ロビーではこんな面白写真も撮影可能

 

 

Q,日本一所属芸人さんが多いと言われる、よしもとクリエティブ・エージェンシー。
数千人規模とお聞きしたことがありますが…現在は?


劇場内ではタカアンドトシが熱演

藤原:6,000人と言われてます。弊社のコンプライアンス研修で超若手などを劇場に集合させて、 警察OBの方などが全国で研修を行うんですけど、それを集計すると6000人なんです。
ほんとに仕事まったくしてなくても、養成学校NSCを卒業したら、うちの所属になってますので。
東京・大阪の卒業生だけでも毎年、600人ずつ増えますから。

 

 

Q,それだけ人数が多いと、才能のある方もみつかりますよね?

藤原:今、吉本は全国で12劇場あり、その中に若手の劇場があり、新人でも舞台に立てるチャンスはあるんですね。
いわゆる若手の小屋(劇場)ではエントリーすれば全員、出れるんですね。そこで勝ち残っていけば、若手の劇場の レギュラー出番がもらえたり、ルミネの出番がもらえるようになったりとか、NGK(なんばグランド花月)に出られるように なります。ある種ピラミッドの構図で、ネタで上がっていく道筋があります。うちの会社の強みでもあります。

 

 

━━全員にチャンスがあり、その中から新たな才能を見つけるわけですね。

藤原:人数が多い分、才能が多岐にわたっていますので、その才能をどうやって僕らが見つけて伸ばすか。
ネタはちょっと苦手やけど、こっちやったらメチャメチャ様になるやんか、みたいな子を、常に探していくことも、 一方でやっています。

 

 

Q,タレントさんや芸人さんを育てたりマネージメントすることの魅力は?

藤原:魅力ですか、みんな志をもって入ってきて、その志が小さなことでも成就して活躍してもらえる。そういうのが僕らの喜びっていうか、醍醐味やったりします。もちろん、みんながスターになれたらいいんですけど、一つ一つ、芸人さんの望むことが実現されていくのを間近で見られるのがこの仕事の魅力でもあります。
僕らは裏方ですが芸人さんの夢をお手伝いさせてもらうことで、なんか喜びをちょっともらえたり、分かち合えたりすることが すごく嬉しく、やりがいのあることです。

 

 

Q,普通の人がブレイクして、スターになるのを間近で見られるわけですが まさかこの子がこんなに売れるとはといった体験はございますか?

藤原:陣内君(陣内智則)ですかね。私が新入社員で心斎橋2丁目劇場の担当の時、NSC(養成学校)を卒業して、 ネタ見せに彼が来たんですけど、ものすごい汚いコンビやなと。(当時はコンビで活動。コンビ名:リミテッド) 二人とも恰好が汚くて、「もうちょっと小奇麗にせな、テレビや人前に出られへんよ」って感じに思った子達なんです。

私が東京勤務になり、しばらくしたら、大阪で陣内が人気が出てきたと聞いて、「ええ?あの陣内が!」と思った覚えがあります。 陣内と久しぶりに再会した時も、まず陣内に言われたのが、「藤原さん、まさか僕、こんなんになると思ってなかったでしょう」って。 才能あったのを、僕がよう見出せなかったんやと思うんですけど。だから、人前に出ていくことで磨かれていくって、 やっぱりあるんだなぁとすごく感じた一例ですかねぇ。

 

 

Q,ダウンタウンさんの元マネージャーとして有名ですがマネジメントする上で心がけていたことは?

藤原:ダウンタウンに限らずなんですけど、やはり僕はタレントさんがとにかく気持ちよくお仕事してもらえるようにと心がけています。
少しでもコンディションいい形で本番に望んでいただけるように。普段もお笑いことなどものを考えて頂くことに集中してもらえるようにと一番に考えてました。

よしもとのマネージャーは、芸人さんのカバン持ったらあかんとか、後ろ歩いてたらあかんとか、前歩いて行かなあかんねんとか。大阪の方では有名で、メディアに取り上げられたりするんですけど、あくまでも精神面のことで、マネージャーとして自立して ものを考えないとあかんという意味と思い、肝に銘じています。

本番に臨むのは芸人さんなのでちょっと喉がかわいてるなと思ったら、飲み物買いに走ったり、煙草がちょうどきれているなと なったら、すぐに用意したり。気分悪い言うたら、薬、何種類か持っておくとか。
いわゆるパシリとか弟子みたいに思われがちなんですけど、私は「どんどんやったらええわ」と思ってやってました。
タレントさんが気持ちよく本番に臨めてベストを尽くしていただく環境にするっていうのが、一番、大事に思っています。
出来てるか出来てないかは別なんですけど。

 

 

━━ そんなタレントさんのために全力を尽くす藤原社長さんですが
伝説では、タレントさんのためにトイレまで案内して、トイレの蓋を開けて「どうぞ!」とおっしゃったとか?

藤原:ちょっと大袈裟な話になってますが、トイレの中まで案内したのは事実です(笑)。
たぶん、ダウンタウンの松本さんがネタでおっしゃったと思うんですけど 初めての現場で松本さんにトイレを案内する時に「道迷ったらアカン」とか「もし、トイレの個室の中に人がいたら」とか 色々心配しだすと、どんどんトイレの中に入っていって、「ひょっとして、松本さん大便やったら、紙あるかな」とか。
いろんなこと考えたら、結局、そのとき、大便やったと思うんですけど、トイレの紙あるなと思って、松本さんに 「どうぞっ」て。この話、事実は事実です。

 

 

Q,そんな伝説のある藤原社長。今、御社として、こんな芸人さんが欲しいとか育てたいなどございますか?



旧小学校の校庭が会社の憩いの場に

藤原:どんな才能、どんな人でも、よしもとに来て欲しいなと思っちゃうですよね。
芸人とかタレントを志す人、全員、よしもとに来てくださいよと。
「みんな、よしもとになったらええのに」。これ問題発言ですかね。気持ちですけど。
才能ある人って一杯いらっしゃいます。皆さんに携わりたいです。

 

創業当時は劇場から始まり、ラジオ、テレビ、今はネットの世界もありますし、海外もあります。
その中で芸人さんがどこで活躍できるか、それを僕らがどう実現するか。どんな才能でもとにかく来て欲しいし、新しい道を切り開くのであれば、それをご一緒させていただきたいな、っていう思いがあります。

 

 

Q,ここで少し固めの質問を。コンプライアンスが叫ばれている時代。
芸能プロダクションとして危機管理されていることは?

藤原:警察OBや社外弁護士さんなどでコンプライアンス委員会を作っております。
東京、大阪、地方の支社でコンプライアンス研修会を年数回行っています。ベテランの芸人さんや忙しい芸人さんは、ある程度キャリアを積んだ社員と警察OBの人とかと一緒に、一年中、ずうっと回って全員と話をして頂いております。
そこで「心配なことないですか?」と聞いたり、「こういうこと注意していかないといけませんよ」と最近のトラブル事例を伝えたりしてます。
「研修にちゃんと来て、ちゃんと受けてもらわないと、よしもと所属ってできないよ!」とまで言います。

今は年がら年中やってますね。

 

 

Q,今年はまた企業にとって、「働き方改革」の年でありましたが、多忙を極める多くのマネージャーさんを抱える御社では、どのような対策を?

藤原:マネージャーについては、基本は芸人さんをフォローする役で、現場にも行ってもらうんですが、芸人一人ひとりにべた付きで、っていうことができないので、チーム制にして、班体制でタレントさん何組かを抱えてます。
しかし、深夜、長時間に及ぶロケとかが続くともう途端に労働時間がとんでもなく超えていってしまうんで…。
芸人さんのご理解を得て、途中でマネージャーを交代させております。
もちろん、きちんと引き継ぎ、ご迷惑をお掛けしないように努めております。

 

  
社内スタジオで番組収録から編集まですべてこなしている

 

 

Q、座右の銘や大切にしている言葉はありますか?

藤原:小学校の担任の先生が美術専門の先生なんですが、その先生が卒業する時に、みんなに、言葉と美術の先生なので色紙に絵を描いて、みんな一人ひとりにくれるんですよ。そこには「自分の選んだ道だから、あきらめずに、しっかりやりなさい。いつか花が咲きます」と。枝に蕾がいっぱい付いた絵を描いてくれました。
なんか、事あるごとに、その言葉を思い出すことがあって。どんなにしんどかったりとか、大変やったりしても、 「自分で選んだことやから、しっかり頑張っていかなあかんねんや」と思い出す言葉であります。

 

 

Q,そんな小学六年生の時はどんな道に進もうかとか考えておられましたか?

藤原:小学生の時は、親が学校の先生だったので、「お前も先生になったらええねん」とか「お医者さんは、人の命を救う立派な仕事なんやぞ」とか言われて、親がそんなに言うなら、「なんか学校の先生なりたいわ」とか、「医者になりたいわ」と言うてたら、親、喜んでくれるんかなぁと思ってって、言うてたぐらいの感じです。

 

 

Q,そんな藤原さんが吉本に入社しようと思ったのはいつ頃ですか?

藤原:中学生の時に、よしもと入りたいって。
お笑いが好きやったっていうのがベースにあるんですけど、それこそ大阪では土日によしもと新喜劇見たり、お笑い番組いっぱい放送していたので、「お笑いって面白いな」と中学生の時に。
何になりたいって聞かれた時に、「よしもと入りたいねん」と言ったのは、すごく覚えてます。
まわりの友達にも「よしもと入りたいわぁ」とか、親にも中学になって初めて、今まで先生なりたいとか、医者になりたいとか、言ってたんですけど、「俺ほんまは、よしもと入りたいねん」って言ったのが記憶に残っています。

 

 

━━藤原社長の当時の「吉本に入りたい」は芸人さんとして出る方ですか?

藤原:いや、違います!違います!当時から大阪ってマネージャーさんとかスタッフの人らも結構テレビに出演していて、なんか芸人さんとかタレントさんにこういじられて、こんな仕事があるんだなと。
こういうタレントさんや芸人さんをサポートしたり、一緒になんか作る仕事ってあるんだなと。
「こんなお笑いの仕事って、めちゃ楽しそうや」って思ったのがきっかけやったと思います。
出たいという気持ちはなかったですね。

 

ていうか、私はものすごい緊張しいやし、あがり症で学校でも発表せんなあかんってなったら、ムチャクチャ嫌やったんで、とても、出る方は。そんな時から、出る方はもう無理やし、でもお笑い好きやし、みたいなことで。なんかそういう仕事あるんだなと思って、やりたいって思った記憶があります。

 

医者とか先生になりたい!って言ってた息子が、「よしもと入りたい」って言ったので親はショックを受けたような気がします。実際に就職する時に「吉本の就職試験に受けるわ」と言った時、「(中学生の時に)吉本に入りたいって言ってたの、あれほんまやったんやなぁ、って、言われました。

 

 

Q,最初に担当されて芸人さんは?

藤原:ダウンタウンとかも出た心斎橋筋2丁目劇場に配属されたんですね。だから若手ばっかりでした。
ちょうど、雨上がりとかナイティナインとか。吉本印天然素材というユニットを組んで、日本テレビの番組に出ていまいたし
めちゃめちゃ人気出だした頃に就職したんですけど。その天然素材のメンバーが東京に行き、 そのあと、千原兄弟とかメッセンジャーとか、ジャリズムとかベイブルースとか。そのへんが2丁目劇場を引っ張っていくぞ!っていう頃で、マネージメント部でも「若手班」といい感じでしたね。

 

 

Q,その頃のやってしまった失敗とかありますか?

藤原:とにかく入っていきなり2丁目劇場なんで。みんな、そんなもう血気盛んな芸人さんばっかりでもう。
売れたい!っていう欲望で。あと女の子にももてたい!とか。そんな芸人さんっていう生態を少しでも知ろうと思って、
とにかく飛び込んでいった記憶があります。

 

それで一緒に飲みに行って騒いだり、芸人さんの家に泊めて貰って、寝て、朝起きて仕事行ったりとか。
新入社員なんですけど、2丁目劇場に出演しちる芸人さんと全員としゃべるって決めて。
で、当時、上司の人に「すいません僕、2丁目劇場の芸人さん全員としゃべりたいんですけど、喫茶店いくお金使っていいですか」って許可もらって。当時、携帯がない時代で、家に電話して、「今度、いついつ何時に劇場の近所の喫茶店でちょっとミーティングしたいんですけど」って電話したり。劇場に出ている時は、「つぎ何時頃に会うてください」って。

 

<一人ひとりと毎日。だから、芸人さんにしたら、新入社員の若造がなに呼び出して。しゃべってくれって。
今考えたら恥ずかしいんですけど、先輩の受け売りで「これからのお笑いは今までのようにやってたらダメだと思う」とか言ったりすると、芸人さんは「はぁあ?」とかって。一応、社員なんで、聞いてくれましたけど。千原兄弟とかも、いわゆる芸歴は先輩なんですけど、お二人とも年下だったんで、これも先輩の許可を得て、「えいや!」とタメ口で普通に話しました。

 

新入社員で入りたてで全然経験ないわ、タメ口でしゃべるわで今考えたら、ようやってたなって思うんですけど。
挙句の果て、「お笑いはこう、いままでどおりやと思てたら、あかんと思う」とか言うは、「どんなことやりたい?」とか、 「ちょっと頑張って、一緒にやらへん」とか言うは。
今、考えたら、ぞっとします。当時は勢いだけで、やってた記憶があります。若気の至りやなって。

 

 

Q,そんな若気の至りがある中、あの苦労があったから今の自分があるみたいな経験は?

藤原:先ほど話した2丁目劇場の経験っていうのは、自分の中では大きいと思います。とにかく芸人さんの中に飛び込んでいって、右も左もわからんとそこでもまれた経験は。それと2年目の途中から、文珍さん(桂文珍)のマネージャーになったことですかね。若手から突然、超ベテランの芸人さんに付いて、劇場も番組も地方の営業も全部マネージャーが一緒に行くっていうことになり 、急にスーツ着て、周り大人ばっかりのところに飛び込んでいって。毎日、怒られてましたけど、言葉遣いから、所作から。
大変、勉強させていただきました。感謝です。

 

 

━━ちなみに、マネジャーともなれば、文珍さんの飛行機には乗られたんですか?

藤原:マネージャーみんな乗せてもらってたんで、僕も乗せてもらうんやろうなぁって思ってたんですけど。
「藤原君、ごめん。藤原君の体重やったらちょっと乗れんなあ」って。内心ちょっとほっとしました(笑)

 

 

続いては、藤原社長の人となりをお聞きします。
Q,はまっている趣味などございますか?

藤原:僕、趣味はね、なくて。学生の時はスキーが好きで春休みに1ヶ月半ぐらい長野県に居候させてもらって。ずっとスキーやってました。ペンションの仕事を手伝いながら、お昼は滑ってきていいよって言われて。もうずうっとやって。だからスキーが趣味。
会社入ってからは、もう20年以上、まともにスキーしていないんで、趣味って言えなくなってますね。

 

 

Q,子供の頃からお笑い好きだった藤原社長。
当時、好きだった芸人さんとかは?

藤原:新喜劇が好きでしたね。岡八郎さんとか花紀京さんとかもおもしろいなぁって思てました。
それこそ(池乃)メダカさんとか好きでしたし。「あっちこっち丁稚」が好きで、寛平さん、坂田さん、木村さんのコンビおもしろいなぁって思って観てましたね。
もちろん、それこそダウンタウンさんも。ダウンタウンさんが出だした頃って、中学やったか高校やったか微妙ですね。ちょうとそのぐらいの時って、「4時ですよーだ」は、めっちゃ観てましたね。ダウンタウンさんは憧れの人でしたね。あと、さんまさんも、ラジオ番組「ヤングタウン」も聴いてましたし、「さんまのまんま」も、大阪、月曜日ゴールデンでずっと観てました。
あと、「ナイトインナイト」も。「八方の楽屋ニュース」が好きで。あれも、僕、毎回、観てました。あと、さんまさんでいうと、「明石家電視台」もずっと観てました。お笑いのテレビ、大好きで、めっちゃ観ましたね。

 

 

Q,大変お忙しいかと思いますが、どのような形でストレス発散をされてますか?

藤原:実は、ストレス発散で特にしてることがなくて。貯めるだけ貯めて、こう満帆になったら、前のストレスが抜けていってるんかな。前のストレス、忘れてどうすんねん、みたいな。ストレスは常にあって、勝手に入って、勝手に抜けていってるような感覚なんで。あとは本屋さんに寄って、本のタイトル眺めんのが好きなんです。新刊とか専門書とかパラパラ見てて、ああおもしろいな、こんな勉強もほんまはした方がええんやろうなぁ、とか思ったりして。それで、買うんですが、だいたいが読まずに置いてます。学生時代やっていたスキーの雑誌なんかも見るとストレス発散になってるかもですね。

 

 

━━それでは、ここで社員の方にお話しを伺いたいと思います。
マネージメント本部とコンテンツ事業本部の本部長である仲良平さんです。


マネージメント本部兼コンテンツ事業部
本部長 仲 良平氏

Q.現在、所属されている部署とどんなお仕事を?

仲:本部長 (よしもとクリエイティブエージェンシーの)マネージメント本部とコンテンツ事業本部の本部長やらしてもらってます。
マネージメント本部の方は主にマネージメント。大阪、東京と芸人さん、文化人、スポーツ選手など、たくさんおられますのでマネジメントの統括的なポジションです。

 

 

Q,仲さんから見て、藤原社長は、どんな社長さんですか?

仲:本部長 たくさんタレントさんいらっしゃいますので、藤原社長は、人柄的にすごくやっぱり気配りされる方ですね。
タレントさんはもちろんなんですけど、お取引のある放送局さんはじめ、いろんな会社の方への気配りが。
別に売れてる売れてないに関わらず、気配りされています。

 

 

Q,社長の凄いところは?

仲:本部長 すごいところは、仕事を山に例えますと。あの山に登ると決められたら、ルート関係なく、どんな登り方をしても登られる方だと。目標を立てられた時は、それに対してのアプローチの仕方がいろいろあると思うんですけど、それを達成される忍耐力はすごいですね。あとは、いろんなお仕事の場面で、ちょっとトラブルが起きた時の交渉力も非常に長けた社長だと思います。

 

 

Q, 逆に「ここは直してほしい」という所はありますか?

仲:本部長 そうですね。最近で言いますと、ちょっとまあ、PCスキルをもう少し…。昨今の社内外含めて、共有事が多いので、 そのあたりのスキルをもう少しあげていただくと、非常に助かります。
手書きもよくされるのですが、スマホもいろんな機能がついてますので活用して頂ければと。
お酒は飲まれませんが、健康のために多少、食生活を改善していただければと…。

 

 

Q.ちなみに、仲本部長の将来、やりたいビジョンなどございますか?

仲:本部長 ビジョンは、どんどん、日本国内だけじゃなくて、いろんな海外の人たちとお仕事一緒にできていければ、
いいかなと。日本のタレントさんを海外へとか。タレントさんだけじゃなく、いろんなことがあると思うんですけど…。

 

 

━━お忙しい中、ありがとうございました。
藤原社長へ再びインタビュー。

Q,最後に、藤原社長の今後のビジョンや夢は?

藤原:お笑いの会社なんで、笑顔で仕事を一つでもたくさん作っていけたら、いいなぁ、っていうのが、本当に僕が思ってることで。その仕事、一つひとつ全部大きくなって、所属している芸人さん、タレントさん、みんな金持ちになってくれたら、 ええなぁって言うのが、僕の本当の夢、思いなんです。「ほんま、思てないやろ!」って(ツッコまれそうですが)。
よしもとの6,000人のほんのひと握りが大金持ちで。バイトしなくても食べていける人っていうのは、ほんと上位200人ぐらい。あとの何千という人たちは、バイトしないと、やっぱり本業だけで食べていけないっていう状況。それが、みんな金持ちになったら、どんだけ素敵なんやろう、って思たり。一つでもたくさんの仕事をやってもらえたら、って言うのが、あの、僕の思いです。はい。

 

広報委員の後記!

お忙しい中、大変ありがとうございました。芸人さんが聞いたらほんとに喜ばれるまたはつっこまれる最後の社長のお言葉でした。

インタビュー後は、小学校の跡地に建てられた本社内の制作部やスタジオ、食堂、そして新宿ルミネの劇場までご案内してくださいました。

巨大プロダクションではあるものの人間味の感じる会社であり、タレント思いの藤原社長でした…。

取材後、藤原社長から「一緒に撮りましょう」とパチリ。≫≫